茨城大学農学部地域連携ブックNo.2

「ヤーコン」

まえがき (茨城大学農学部長)

第T章 はじめに(月橋輝男)

1.成分特性  

2.調理特性  


第U章 成分特性

1.化学組成とフラクトオリゴ糖(久保田正亜)

2.ポリフェノール(宮口右二)

3.ヤーコン葉に含まれる生理活性物質(長谷川守文・児玉 治)


第V章 ヤーコン塊根の内部形態(原 弘道)


第W章 育種

1.日本に導入された遺伝子型(井上栄一)

2.品種改良(井上栄一)

3.組織培養によるウイルスフリー化および増殖(井上栄一)

4.フラクトオリゴ糖生合成遺伝子の単離とその応用(安西弘行)

第X章 栽培

1.有機質肥料としてのヤーコン葉(吉田正夫)

2.植付け(月橋輝男)

3.管理(月橋輝男)

4.収穫(月橋輝男)

5.貯蔵(月橋輝男)



茨城大学農学部から皆様へのご挨拶

 茨城大学は、大学の社会的使命を「学術研究」「学生教育」に加えて「社会貢献」の三つにおいております。大学の「社会貢献」は「学術研究」「学生教育」に比して従来あまり強調されることのなかった領域です。しかし、茨城大学は、今後、この課題領域を特に重視し、なかでも地域社会との連携を多面的に広げていきたいと考えております。昨年度からは文部科学省の地域貢献特別支援事業の支援を受けて茨城県と提携し「茨城大学地域貢献プラン」の実施推進を図ってきました。本冊子『茨城大学農学部地域連携ブック』は同事業の一環として刊行されるものです。
 茨城大学阿見キャンパスにある農学部でも「社会貢献」「地域連携」を学部としての重要な活動領域として位置づけて、さまざまな取り組み進めています。上に紹介した「茨城大学地域貢献プラン」には茨城県農林水産部と農学部との提携による「環境にやさしい農業推進」のテーマが含まれています。そこでは@環境負荷が少なく安全性の高い農産物生産のための「減農薬・減化学肥料栽培の技術確立」、A霞ヶ浦の水質改善のための基礎研究として「農業・農地からの環境負荷流出の計測」、B霞ヶ浦流域農業の環境調和型展開モデルの検討、の3課題の取り組みが進められております。
 茨城大学農学部としてのこれまでの「社会貢献」「地域連携」の代表的事業としては1970年代の「霞ヶ浦研究」、1990年代の「ヤーコン研究」が挙げられます。南米アンデス高地原産のヤーコンは本学での本格的研究が呼び水となって、地元茨城県はもとより日本各地で新しい特産農産物として栽培されるようになりました。また、その独特な品質特性を活かして健康に良い加工食品の原料としての利用もさまざまに広がりつつあります。本学におけるヤーコン研究は月橋輝男教授をリーダーとして進められてきました。月橋教授は本年度末で定年退官されるので、これまでのヤーコン研究の概要を本冊子にとりまとめていただきました。本冊子が地域農業の振興、健康な食品づくりに取り組むみなさま方のお役に立てば幸いです。
 最後になりましたがヤーコンの研究と普及に尽力されてきた月橋輝男教授の長年のご努力に感謝申し上げます。

2004年3月 
茨城大学農学部長 松田智明

T はじめに
 ヤーコン(Smallanthus sonchifolius )は南米アンデス高地原産のキク科の作物で,日本へは1984年にニュージーランドを経由して導入された。
 茨城大学農学部では,1987年より栽培試験を開始し,続いてフラクトオリゴ糖や塊根の化学組成の分析を行った。本学部および遺伝子実験施設では,その後も継続して各種の研究を継続しており,その研究成果を茨城大学農学部地域連携ブックNo.2としてまとめた。
 本章では,ヤーコンについての概要を記し,次章以降では本学部および遺伝子実験施設で行った研究成果の概要を述べる。



写真1 ヤーコンの姿


写真2 ヤーコンの花

 ヤーコンは,1984年に横浜市港北区にあった(株)三浦農園によって,塊根(食用のイモ)と塊茎(種イモ)を着けた株のままの状態で導入された。パンフレットによると「本格ダイエット食物 ヤーコン」とあり,「アンデスポテト」とも記載されている。また,「イヌリンを多く含み糖尿病にも良い食物」とも記載されている。1985年秋の(株)改良園(川口市神戸)のカタログには,矮性シャクナゲの欄にヤーコンが載っている。小菊と同様に花を楽しむ目的で販売が行われたようだ。
 ヤーコンが導入された当初,一部の県の試験場では栽培試験を行い,農家でも栽培を試みた人も多かったようだ。しかし,食べ方が十分には理解されなかった(無論,三浦農園のカタログやパンフレットでも食べ方を紹介している。また改良園のパンフレットには,フード・ドクター東畑朝子氏らの調理法のレシピーは載っている)。即ち,塊根の外形があまりにもサツマイモ類似していたために,サツマイモと同様に「焼く」,「蒸す」の食べ方から始まった。ヤーコンとしては最も不味い食べ方から始まったわけである。筆者も当時農場に席をおいてヤーコンの栽培試験を行いながら,農場へ農産物を買いに来られた奥様方に「サラダ」や「きんぴら」で食べてみるように薦めながら塊根を渡し試食をしてもらったが,やはり反応が悪かった。ヤーコンの外形から「サラダ」,「きんぴら」のイメージがわかなかったらしい。やはりサツマイモと同様な「焼く」,「蒸す」で食していた。従って,二度と食べたくない作物になってしまった。不味い食べ物のイメージから農家では栽培を止め,試験場でも栽培試験を中止した。
 一方,農林水産省では,農林水産技術会議事務局新素材生物事前調査検討会の「新需要創出のための生物機能の開発・利用技術の開発に関する総合研究」(1990年4月)の中でヤーコン研究の必要性を述べている。これを受けて農水省四国農業試験場(現近畿中国四国農業研究センター)でヤーコンの研究に着手した。
 近年,ようやくヤーコンの機能性が理解されるようになり,栽培も年々全国的な広がりをみせており,各種の商品も開発され広く販売されるようになってきた。

1 成分特性

1)塊根
ヤーコン塊根に含まれる成分特性としては,フラクトオリゴ糖,食物繊維,ポリフェノール等を多く含むことを挙げることができる。フラクトオリゴ糖の分析については後述するが,その他の成分特性については表T-1に示した。

(1)フラクトオリゴ糖
 収穫直後の塊根には乾物でおよそ67%含まれている。生では約9%である。ゴボウの3.6%,タマネギの2.8%と比較してもかなり多い。
 フラクトオリゴ糖の生理作用としては,
@ 蔗糖のような優れた甘味を有し,かつ毒性がない。
A 低う蝕性で虫歯の主要原因菌であるStreptococcus mutans にほとんど利用されない。
B 難消化性で,ヒトの消化酵素による加水分解は受けないため消化されない。
C 腸内菌叢を改善し,腸内のビフィズス菌を増加させ,大腸菌などの有害菌を減少させる。
D 脂質代謝を改善し,血清コレステロールや中性脂肪を低下させる。
E ビフィズス菌の増加により,便秘の改善に役立つ。
などの効果が期待されている。
 フラクトオリゴ糖の甘味度は砂糖の30〜60%程度といわれさほど甘くない。しかし,時間の経過とともに加水分解して,蔗糖や果糖・ブドウ糖が多くなってくるため,ヤーコンは次第に甘くなり糖度はBrixで13%程度になる。
(2)食物繊維
 ヤーコン塊根中の食物繊維は,2.6%(表T-1)でゴボウの5.7%より少ないが,サツマイモやサトイモの2.3%よりやや多いか同程度である。他の野菜が不溶性の食物繊維が多いのに対してヤーコンはその80%が水溶性といわれている。
 食物繊維の生理作用としては,
@ 消化管の働きを活発にし,腸内容物の通過時間を短縮させる。
A 食事成分の消化吸収を低下し,食事の熱量を低下させる。
B 腸内細菌の種類と代謝を変動させる。
C 便容量を増加させる。
D 有害物質の毒性を低下させる。
などの作用が期待されており,便秘,大腸癌,高脂血症,肥満,糖尿病などの予防効果が期待されている。
(3)ポリフェノール
 ヤーコン塊根中には,赤ワイン並みのポリフェノール(100g中203mg)が含まれている(表T-1)
ポリフェノールの生理作用としては,
@ デンプンの消化・吸収を遅らせ,血糖値の急激な上昇を抑制する。
A 肥満の防止。
B LDL(低比重リポタンパク質)の活性酸素による酸化の防止(動脈硬化の予防)。
C 老化の予防。
D ガンの予防。
E 紫外線防御やメラニン色素の産生を抑制する。
などの効果が期待されている。
(4)その他
 抗アレルギー機能としてアトピー性皮膚炎の抑制効果(シクロオキシゲナーゼや12−リポオキシゲナーゼの活性抑制)が期待されている。
2)茎葉
 次に,ヤーコン地上部(茎葉)は,お茶や粉末として市販されているが,その生理作用としては,
@ ブドウ糖の吸収遅延作用がある。
A 胃内容物の排出速度を遅らせる可能性がある。
B インスリンと同じような作用がある。
などの効果が認められることから,食後の過血糖の抑制効果が期待されている。

2 調理特性
 表T-1に示したように,ヤーコン塊根はおよそ84%もの多くの水分を含んでいる。糖質は13.8%と多いが,たんぱく質や脂質は少ない。糖質の多くはフラクトオリゴ糖でデンプンが少なくカロリーが低い。フラクトオリゴ糖は時間の経過とともに加水分解してショ糖や果糖,ブドウ糖になるのでフラクトオリゴ糖は次第に少なくなるものの塊根は甘くなる。
塊根には前述のようにポリフェノール(アク)を多く含んでいる。ポリフェノールは調理中に黒変するので,切った材料はすぐに水に晒すか酢水に晒す。またポリフェノールは皮の近くに多いので,皮を厚くむくと黒変は少なくなる。
 ヤーコンは,生,煮る,揚げる,炒めるの何れにも良く合う。しかし,焼くと蒸すはあまり美味しくない。
女子栄養大学教授の高橋敦子先生は,ヤーコン研究会第1回講演会の特別講演で次のように述べている。
 サラダではビネグレット味や中華風の料理にむく。せん切りして茹でた場合は,醤油味をベースに枝豆とのお浸し物とかいわれ菜との中華風の和え物などが合う。皮を剥いて薄い輪切りにして調味液で煮た場合は,きんぴらの味,中華味,酢煮で評価が良く,トマト味やバター味は好まれなかった。歯切れの良いもの,味の点で醤油のベースが良い。筑前煮,きんぴら,ベイコン味などに油と醤油をベースとすると良い。炒め物は,歯切れの良さが残り,料理としてはどのようにも広がるとし,揚げ物につても同様な評価をしている。
 パンや餅は主食になるが,主材料の小麦粉やもち米にヤーコンを入れると甘みがつき味の点でも評価が良かった。健康の面からも食物繊維が摂取できてエネルギーを抑える効果が期待されるとしている。
 そして,ヤーコンの栄養特性として,フラクトオリゴ糖はビフィズス菌を活性化することにより,@有機酸が増え,大腸内が健康になる。A血中総コレステロール,血糖値,血圧などが低下する。などフラクトオリゴ糖を大量に含むヤーコンは美味しいばかりでなく,低カロリーであり,血液や血行を正常に保ち,優れた整腸作用がある。従って,1日50g位を他の食材と組み合わせて献立に加えることを薦めている。
(月橋輝男)

U成分特性

1.化学組成とフラクトオリゴ糖
 食料となる塊根を1987年11月収穫し,保存していたものを翌年7月に成分分析を行った。表U−1−1に塊根の無機成分の含有量,表U−1−2に各種イモ類との比較を示した。

表U−1−1 ヤーコン塊根の無機成分含有量
成分 含有量(乾物)

窒素( g/kg)
リン( g/kg)
カリウム( g/kg)
カルシウム(mg/kg)
マグネシウム(mg/kg
ナトリウム(mg/kg)
鉄(mg/kg)
マンガン(mg/kg)
亜鉛(mg/kg)
銅(mg/kg)


4.0
1.3
23.2
1030
696
110
22.4
5.41
6.74
9.63

水分(%) 86.5
(浅見ら,1989)

表U−1−2 ヤーコンおよび各種イモ類の無機成分の比較(乾物中)
成  分 ヤーコン キクイモ カンショ サトイモ ジャガイモ ヤマイモ

窒素(g/kg)
リン(g/kg)
カルシウム(mg/kg)
ナトリウム(mg/kg)
鉄(mg/kg)


4.0
1.3
1030
119
22


16.2
2.9
691
106
11


6.0
1.4
1006
409
16


24.5
2.5
1294
59
47


15.6
2.7
244
98
24


24.9
2.8
333
111
22

水 分 86.5 81.2 68.2 83.0 79.5 73.0
(浅見ら,1989)

 窒素とリン含有量は各種イモ類と比較して低く,カルシウムは高く,鉄は中間的な値を示した。ナトリウムを除く各成分含有量はカンショの含有量と類似していた。ヤーコンの水分は86.5%と他のイモ類に比べて比較的高かった。
 窒素化合物を測定したところ21種の窒素化合物が検出された。そのうちアスパラギン,グルタミン,プロリン,アルギニン等のアマイドとアミノ酸が高く,この4種類の窒素化合物の窒素は21種類の窒素化合物の窒素の87%を占めていた。またこの21種類の窒素化合物の窒素は全窒素の65%を占めていた。
 ヤーコンの炭水化物組成の分析は1988年11月に収穫したものについて,翌年2月実施した。その結果は表U−1−3のようにフルクトース,グルコース,フルクトースとともに多量のフラクトオリゴ糖が検出された。デンプンは含まれておらず,含有されていると言われているイヌリンは僅かであった。

表U−1−3ヤーコン塊根の炭水化物含量
成 分 含量(mg/g乾物)

フルクトース
グルコース
スクロース
GF2〜GF9
イヌリン
デンプン


350.1
158.3
74.5
206.4
13.5
n.d.

GFn: Gはグルコース,Fはフルクトース,nは結合数
n.d.: 不検出
(Ohyamaら,1990)

 フラクトオリゴ糖は野菜などにも含まれているが,貯蔵中にその含有量が変化することが報告されている。日高ら(1984)によるとゴボウを5℃および20℃で15日間保存したところフラクトオリゴ糖はそれぞれ50%, 25%に減少したとのことである。
 そこでヤーコン栽培中および収穫後保存中のフラクトオリゴ糖の変化について検討した。苗を6月1日に定植し,11月24日に収穫した。収穫後土穴,5℃および25℃で保存した。生育期間および保存期間中のフラクトオリゴ糖の推移と存在割合の変化を図U−1−1,2に示した。生育期間中は定植後およそ2ヶ月後である8月18日ではおよそ470mg/g乾物であったが次第に増加し収穫直前の11月21日はおよそ670mg/g乾物となった。重合度も8月にはGF2,GF3のものがフラクトオリゴ糖の80%程度を占めていたが,栽培日数の増加とともにGF2の割合は減少し,かわってGF4以上のものの増加が認められた。



図U−1−1 生育・保存期間中におけるフラクトオリゴ糖の推移 図U−1−2 生育・保存期間中における各種糖類の存在割合  (浅見ら,1991,1992)

 収穫後は保存期間の増加に伴ないフラクトオリゴ糖の減少が認められる。収穫後20日の12月では急激な減少が認められ,特に25℃保存のものは4割程度の減少が認められた。その後保存期間の増加にともない減少は続いた。土穴保存と5℃保存では25℃保存ほど急激ではないが減少する。土穴,25℃保存間の差は比較的少ない。このようにヤーコン塊根中のフラクトオリゴ糖含有量は保存方法,保存期間により異なってくる。
 光合成が行われる地上部(茎葉部)および翌年出芽する種イモではどの程度フラクトオリゴ糖を含有しているかを検討した。地上部ではグルコース,フルクトース,スクロースが多く,フラクトオリゴ糖は少なかった。種イモではグルコースなどの割合は低く,フラクトオリゴ糖が大半を占めており,塊根とほぼ同様であった。重合度は塊根より若干高かった(浅見ら,1992)。このことから,フラクトオリゴ糖は光合成産物が地下部に移動してから合成されると考えられる。
(久保田正亜)

文献
浅見輝男・久保田正亜・南沢 究・月橋輝男(1989)アンデス高地原産の新しい根菜ヤーコンの化学組成,土肥誌,60,122-126
浅見輝男・南沢 究・土屋哲郎・狩野佳弥子・堀幾太郎・大山卓爾・久保田正亜・月橋輝男(1991)栽培・保存中におけるヤーコンのフラクトオリゴ糖など各種糖類の成分変化,土肥誌,62,621-627
浅見輝男・南沢 究・土屋哲郎・狩野佳弥子・堀幾太郎・大山卓爾・久保田正亜・月橋輝男(1992)ヤーコンの地上部,種イモ,塊根中のフラクトオリゴ糖について,土肥誌,63,72-73
浅見輝男・南沢 究・月橋輝男(1992)ヤーコンの生育・保存期間中における各種糖類の成分変化,施肥量,植え付け方法−1989-1990年における試験研究の概要−,農業および園芸,67,483-488
Ohyama,T.,Ito,O.,Yasuyoshi,S.,Ikarashi,T.,Minamisawa,K.,Kubota,M.,Tsukihashi,T.and Asami,T.,(1991) Composition of storage carbohydrate in tubers of yacon (Polymnia sonchifolia), Soil Sci. Plant Nutr., 36, 167-171

2.ポリフェノール

ポリフェノールは,フラクトオリゴ糖と並ぶヤーコンを代表する機能性成分の一つである。ポリフェノールは,植物中で主としてシキミ酸経路や酢酸−マロン酸経路を経由して生合成される植物の一群の二次代謝物であり,ベンゼン(芳香)環に水酸基が2つ以上の複数個結合した構造をもつ植物性成分を総称している。これらにはフラボノイド,フェノール酸とその誘導体,クマリン類,タンニン類等が相当する。ポリフェノールは植物にとっては生体防御物質であり,抗菌力を有する。また,タンパク質や金属イオンと結合しやすい性質をもつ。これらポリフェノールは,食品の色,味,風味,加工特性などに深く関連しており,近年,制がん作用,成人病予防効果などの機能性についても注目を浴びている。以下,ヤーコンのポリフェノールについて,根菜(芋)部と地上(茎葉)部に分けて紹介する。

1) 根菜部
ヤーコンの根菜部にはポリフェノールが多く,ジュースにした場合,約850ppmのポリフェノールが定量される。また,ヤーコンの乾物重量では約3.8%がポリフェノールに相当するという報告がある。ヤーコンの主要なポリフェノールはクロロゲン酸(3-カフェオイルキナ酸)でヤーコンのようなキク科の植物,ナス科の野菜,あるいはリンゴ,かんきつ類などに多く含まれている。このポリフェノールはフェニルプロパノイド系に分類され,カフェ酸のキナ酸エステルの構造を有する(図U−2−1)。



図U−2−1 ヤーコン中のフェノール酸の構造式

 また,溶媒等の抽出条件を変えるとヤーコンから抽出されるポリフェノールの組成は変化する。ヤーコンを水抽出した場合,NMRやFAB-MSによる分析から,クロロゲン酸以外に3,5-ジカフェオイルキナ酸,ヘキサリン酸ジカフェオイルエステルやヘキサリン酸トリカフェオイルエステルが同定されている。また,メタノール処理を行うと,クロロゲン酸とともに,フェルラ酸やカフェ酸が検出され,さらにヤーコンを酸加水分解すると,細胞壁に結合していたフェノール酸の遊離が起こるためか,これらのポリフェノールの抽出性が増加し,新たにケルセチンというポリフェノールも検出されることが報告されている。
ただし,ヤーコンの芋の皮をむくと,切り口がすぐに褐変する。これはヤーコンの皮付近に多いポリフェノールオキシダーゼによってクロロゲン酸が酵素的酸化を受けるためである。このようにヤーコンのポリフェノールオキシダーゼ活性は非常に高く,ヤーコンの品質劣化の一因に挙げられるが,この性質を活かして,ビスフェノールAのような外因性内分泌かく乱物質(いわゆる環境ホルモン)を酸化して除去しようとする積極的な利用も検討されている。

2) 茎葉部
ヤーコンの茎葉部にも多量のポリフェノールの存在が確認されている。市販のヤーコン茶にはタンニン相当で乾物重量100gあたり約3gが含まれている(日本食品分析センターの調査)。ヤーコン葉部のポリフェノールの定性分析では,カフェ酸,クロロゲン酸,プロトカテキン酸が検出される。また,これらポリフェノールを含むヤーコン抽出物には,DPPHラジカルおよびXODスーパーオキシドラジカル消去能試験で高成績を示すことから,ヤーコン葉ポリフェノールは優れた活性酸素消去能の存在が示唆されている。また,HPLC/ESI/MS法でヤーコン葉ポリフェノール成分を分析したところ,上記ポリフェノール以外にジカフェオイルキナ酸の異性体3種類と未同定のクロロゲン酸誘導体の存在が示唆されている。また最近,ヤーコン葉のポリフェノールの組成が抽出溶媒により,異なることが示されている。すなわち,酢酸エチル抽出に比べて,水抽出では,クロロゲン酸の抽出性は大きく低下する。
本研究室では,ヤーコン葉の食品素材としての利用を目指し,ヤーコン茶熱水抽出物による畜産物の酸化抑制効果を調べている。これまでのところ,ヤーコン葉の熱水抽出物は優れた抗酸化性を有することが確認されており,牛乳の酸化抑制効果が示された。また,食肉の練物(ミートバター)に同抽出物を添加し,貯蔵中のミートバターの酸化度をチオバルビツール法で測定したところ,ヤーコン葉抽出物の添加により酸化の指標となるマロンジアルデヒドの濃度は増加しないことが明らかとなった(図U−2−2)。この抽出物の抗酸化性能は食肉製品に用いられるセージやタイムなどに匹敵する効果を有することが明らかとなった。この抗酸化成分はクロロゲン酸以外のポリフェノール成分で構成されていることがHPLC分析で示され(図U−2−3),現在,この抗酸化ポリフェノールの同定を行っている。



図U−2−2 食肉製品の及ぼすヤーコン熱水抽出物の抗酸化効果
  対照:無添加
  全抽出画分:ヤーコン熱水抽出全画分
  抗酸化画分:上記成分の部分精製画分

図U−2−3 ヤーコン熱水抽出物中のポリフェノール成分のHPLC分析パターン
 全抽出画分:ヤーコン熱水抽出全画分(上段のパターン)
  抗酸化画分:上記成分の部分精製画分(下段のパターン)

まとめ
以上のように,ヤーコン根菜部および茎葉部には,多くののクロロゲン酸関連化合物の存在が示されている。クロロゲン酸並びに同関連化合物には,抗酸化活性,糖尿病性合併症の予防効果,抗ウィルス活性,マクロファージ機能の亢進作用,抗高尿酸血症作用などの多様な機能性が報告されており,ヤーコンポリフェノールの機能特性を生かした食品素材の開発が本学でも行われている。
(宮口右二)